"大学の先生の教え。GNN教と呼ばれていた。ありがたや。

1. 人間は弱くて、意気地がなくて、だらしがないものだということを認めましょう。

2. 人間能力には差があることを認めましょう。

3. 人間能力の良いところを伸ばしましょう。弱いところを矯正しようとしないように。

4. 人間に能力以上の無理をさせないように。プライドは絶対傷つけないように。

5. 同じことを繰り返しやっている場合には、努力によって能力の差を大きく縮めることができることを知りましょう。

6. 叱咤激励は害が多いのでやめましょう。その代わり、褒めましょう。結果が出るまで待ちましょう。だまされ上手になりましょう。

7. 人間は一人だけではハッピーになれません。皆でハッピーになるように努めましょう。

8. 絶対に落ちこぼれを作らないようにしましょう。最低の人を基準に人を評価しましょう。

9. 常に仕事や生活のやり方の改善をし続けましょう。余裕がなければ何もできません。

10. どうしても余裕がない時は、楽しくやせ我慢をしましょう。

11. 問題解決能力を少しづつ向上させましょう。

12. 何事にも、自分の運命は自分で決めましょう.そして、決めさせましょう。

13. すべての人はそれなりに、合理的であることを認めましょう。そして、相手の価値観を理解し、それなりに認めましょう。

14. 人間は私利私欲に走りたがるものであることを認めましょう。しかし、私利私欲に走ることは、結局私利私欲に結びつかないと知る賢さを持ちましょう。

15. 働・学・遊・美をミックスしましょう。

※GNN=義理人情浪花節です。

※ある程度は賢い人達の集団じゃないと通用しないと思われます・・"
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情報技術者の定義

(初出: Kenji Rikitake’s Cyberscope: 21-MAR-2001)
  • 情報技術者が技術者たる所以は、ソフトウェアやハードウェアを、必要に応じてチューンアップできる能力を持っているからだ。この能力のない人達は、技術者と呼ぶには値しない。
  • プロは言語やOSは選べない。好き嫌いはあっても、与えられた環境で文句を言わず仕事をするのがプロである。Windowsは嫌いだ、メインフレームは嫌いだ、と言っているような人達はプロではない。
  • WYSIWYGは誤謬を招く。完全なWYSIWYGは存在しないからだ。だからWYSIWYGのプログラムによる成果を盲目的に信用してはならない。
  • WYSIWYG以前の問題: 常に演算結果と、その理論的整合性には注意を払うべきである。誤差解析のできない技術者はプロではない。
  • コンピュータの起源は、アングロサクソン文化にある。(ラテン文化ではない。ましてや、アジアやアラブ、アフリカの文化ではない。) 世界最初に計算量理論と自動機械の理論を打ち立てたのは John von Neumann と Alan Turing である。 von Neumann はハンガリーの出身だが、彼はアメリカ合衆国に尽し、その世界戦略に大きな影響を与えた。故に彼は(過去ドイツなどにいたことは無視できないが)アメリカ人として評価すべきである。 Alan Turing は英国人である。この両者の業績に比べれば、他の人々の業績は取るに足らない。
  • インターネットもコンピュータと同様アングロサクソン文化の産物であり、その文物である。社会のインターネット化を支持することは、本質的にアングロサクソン文化の一側面を支持していることに他ならない。フランスやイスラム諸国が現在の情報技術の主流に対して異議を示していることは当然の帰結である。しかし、彼等は本流にはなり得ない。
  • コンピュータ技術は本質的にアングロサクソン文化の継承物であるため、基本的にその中心言語は英語となる。故に国際化(internationalization)は、問題解決の上での最優先事項にはならない。国際化は、各国の技術者の紛争と権力闘争の結果として、最終的に実現されるものである。始めに国際化ありき、では、現実の技術者同士での意見交換は不可能である。
  • 技術者の集団は元々閉鎖的なものである。開発者の仲間に入らずして、外部から批判だけしていても、願望は実現されない。故に、英語中心の開発者の集団で意見を通すためには、その意見は英語で話されるべきである。
  • コンピュータが世界各国の言語を処理できるようになるべきだという主張が、現在のコンピュータで仕事をしなくても良い理由にはならない。これを理解していない人は、情報技術のプロにはなれない。
  • 英語のできない人は情報技術者の資格はない。言い換えれば、情報技術のプロの中に、英語を正しく解釈できない人はいない。発音は酷いかもしれないが。
  • 思考を言語化できない人は、技術者としての適性に欠ける。
  • 技術者として独立したいなら、言語表現の能力も技術の一つであると悟り、修練を積む必要がある。
  • 2000年問題を過去のプログラマの狭量さのせいだと決めつけるだけの人に、情報技術の本質を論じる資格はない。(意味: 1970年代のコンピュータの主記憶容量と、それで行っていた仕事に最低限必要な情報量を考えてみよ。)
  • 技術力の行使は、それ自身武力の行使と同様の意味を持つ。故にその無制限な利用は厳しく戒められなければならない。言い換えれば、それだけの倫理的な規準を持たない人物は、情報技術のプロと呼ぶに値しない。
  • 技術を持たない者は、技術を持つ者に対し、本質的に劣位に立っていることを自覚すべきである。他の運動能力や問題解決能力、あるいは芸術的表現能力同様、技術力は特殊能力であり、人類全部に自然に備わっているものではない。
  • 技術者は技術力を持ってその思想を証明しなければならない。思想なき技術は存在しない。技術力の裏づけなくして、技術者としての思想は証明できない。
  • 技術者としての問題解決能力の高さと、人柄の良さは、全く相互に無関係な問題である。前者で後者を評価してはならない。また、後者で前者を評価することもしてはならない。
  • 基礎技術の開発は片手間でできるようなものではない。末端の応用技術の開発ができたからといって、その技術者に基礎技術の開発への適性があるわけではない。
  • プロは自分で道具を揃える。道具を自費で賄うのは当然のことであり、他のスポンサーに頼ることは極力慎まねばならない。
  • 自分が発明したと思えることの大部分は、すでに発明されているか、無意識のうちにコピーしたものである。既存の技術を使い問題解決を行うことと、既存の技術をあたかも自分が発明したかのごとく偽装することは厳密に区別されなければならない。
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Kim Høltermand - Grundtvigs Church, 2009 letsbuildahome-fr:

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Kim Høltermand - Grundtvigs Church, 2009

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Kim Høltermand - Grundtvigs Church, 2009

(出典: arpeggia)

9gag:

This happened when they went on a road trip together. 😸👶

"忘れがちなあなたに代わって、私が、ここにメモをしておく。

- 自分を低く見積もらないこと。
- 自分を卑下しないこと。
- 過去の自分を後悔ばかりして、今に繋がる自分を否定しないこと。
- 終わりを自分で決めつけないこと。
- 悲観で未来を描かないこと。

そ ういった感情が、いかなる幸福をも生み出さないことを、肝に銘じておくように。
何時も、遊び心を忘れないように。
自分をちゃんと褒めるよ うに。
これらは、私からの補足としてのメモ。"

(出典: dngrsbambi)